改定常用漢字表の表外漢字―字音語の交ぜ書きと部分的振仮名について―(上田 博和)

(轉載者註)原文の振假名は( )に入れて示した。

かつての当用漢字表(1946年)は「漢字使用の範囲」を示したもので、「この表の漢字であらわせないことばは、別のことばにかえるか、または、かな書きにする」「ふりがなは、原則として使わない」との注意事項があつた。「眉」は表に無いから、当用漢字表に従ふ限り「眉間」とは書けない。振仮名は使へないし「別のことば」も無いやうだから「みけん」と書くしかないが、「間」は表にあるからといふので「み間」と書く例があつた。これを漢字と仮名による〈字音語の交ぜ書き〉といふ。 

現在の常用漢字表(1981年)は「範囲」ではなく「漢字使用の目安」を示したものである。もつとも、「目安」とは「この表を無視してほしいままに漢字を使用してよいというのではなく、この表を努力目標として尊重することが期待されるものである」から、常用漢字表を尊重する限り、表外漢字はやはり使へない。

今回答申された改定常用漢字表(2010年6月)も現在の常用漢字表と同じく「漢字使用の目安」とされてゐるが、「基本的な性格」を解説した箇所に新たに次の一文が追加されてゐる。

改定常用漢字表は一般の社会生活における漢字使用の目安となることを目指すものであるから、表に掲げられた漢字だけを用いて文章を書かなければならないという制限的なものでなく、必要に応じ、振り仮名等を用いて読み方を示すような配慮を加えるなどした上で、表に掲げられていない漢字を使用することもできるものである。((7)頁)

「表外漢字は振仮名をつけた上で使用できる」とは、「振仮名をつけなければ使用できない」といふこと。「眉」は依然として表外漢字であるから「眉間」とは書けない。改定常用漢字表は「み間」と書いてもいいが、「眉(み)間」と書いてもいいと言つてゐるのである。どちらもまともな表記ではない。

「み間」のやうな〈字音語の交ぜ書き〉が奇怪であり、表内漢字も仮名書きにして「みけん」と書く方がまだましであるのと同じく、「眉(み)間」のやうな〈字音語の部分的振仮名〉も姿が悪く、かういふ場合は表内漢字にも振仮名をつけて「眉間(みけん)」と書くものである。

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さて、文化庁国語課は「平成21年度国語に関する世論調査」の一環として、全国16歳以上の男女4000人余を対象に「常用漢字表に関する意識調査」(2010年2-3月)を行ひ、その「速報値」を第41回文化審議会国語分科会漢字小委員会(2010年4月13日)に報告してゐる。その国語課作成の質問文(追加候補漢字の印象 問9)に曰く。

我が国では、漢字と仮名を交ぜた表記を用いるのが一般的です。この表記を読み取りやすく、分かりやすいものとするためには、漢字と仮名を適切に交ぜて使っていくという観点が大切です。

 
「我が国の一般的な漢字と仮名を交ぜた表記」とは〈漢字仮名交り文〉のことを言つてをり、「漢字と仮名を適切に交ぜて使っていく」といふのも「主要な概念には漢字を、漢字では表現できない助詞助動詞などは仮名を使ふ」との使ひ分けのことを言つてゐる、と見るのが自然である。かつての当用漢字改定音訓表(1972年)も答申の「前文」冒頭でかう書いてゐた。

我が国では、漢字と仮名とを交えて文章を書くのが明治時代以来一般的になっている。この漢字仮名交じり文では、原則として、漢字は実質的意味を表す部分に使い、仮名は語形変化を表す部分や助詞・助動詞の類を書くために使ってきた。

ところが、現在の国語課の認識はさうではない。質問文の続きを見てみよう。

例えば、「み間のしわ」よりも「眉間のしわ」、「とん着しない性格」よりも「頓着しない性格」の方が意味の把握が容易になると言えます。ただし、「眉間」「頓着」の「眉」や「頓」が読めないと判断されるような相手の場合には、「み間」「とん着」と仮名を交ぜて書くか、「眉(み)間」「頓(とん)着」と振り仮名を付けるといった配慮が必要になります。

 
「み間」のやうな〈字音語の交ぜ書き〉や「眉(み)間」のやうな〈字音語の部分的振仮名〉を漢字の読めない読者への「配慮」だとは、語の読みを示すためには国語表記の原則や姿が壊れても意に介さないわけである。

しかも、〈漢字仮名交り文〉を「漢字と仮名を交ぜた表記」と形式的に理解(即ち誤解)し、これが「我が国の一般的な表記」なのだと述べて、〈字音語の交ぜ書きと部分的振仮名〉を正当化するとは、驚くべきことである。

補記

第41回漢字小委員会の議事録によれば、国語課による意識調査質問文の中の「眉(み)間」といふ〈字音語の部分的振仮名〉を取上げて、出久根達郎委員は

「みけん」と「けん」も含めて振り仮名を入れた方がよろしいのではないか。

と発言し、金武伸弥委員も

新聞では、大体一つの熟語については基本的に眉間なら「けん」まで振るというのが原則になっています。

とそれに同意してゐる。これに対して、主任国語調査官は

国語審議会時代からの流れとしては、語のうちの表外漢字にだけルビを振るということで来ています。ですから、ここもこれまでの国語審議会時代の流れに沿った振り方をしたということです。……今回に関しては、通常の公用文式のスタイルにしたということでございます。

と回答した。今回の答申「改定常用漢字表」に「表外漢字にだけルビを振る」方針を変へたといふ記述は無い。

かつて時枝誠記は〈字音語の部分的振仮名〉について

最近の教科書には、「当用漢字」以外のものには、ルビを附けるといふことが行はれてゐるが、このやうなルビ方法といふものは、ルビの歴史にはない極めて変則的な方法であつて、これも「当用漢字」といふ非合理的な漢字政策の副産物として現れたもので、注目すべき現象であると云はなければならない。(「漢字政策上の諸問題」1951年1月、『増訂版 国語問題と国語教育』1961年10月 中教出版 195 頁)

と述べ、〈字音語の交ぜ書き〉についても、かう述べてゐる。

「や金」(冶金)、「語い」(語彙)のやうな漢字と仮名との抱合せによる表記が多く現はれて来て、これを醜態と見る向きもあるが、それは、現行の文字表記の原則、即ち漢字仮名交り文の原則から見ての評価であつて、当用漢字表の立場から云へば、経過的現象に過ぎないので、もしこれが不様ならば、全部仮名書きにするのがよいといふ主張が出て来るのが当然である。(『国語問題のために』1962年4月 東大新書 57頁)

「み間」といふ〈字音語の交ぜ書き〉を、時枝は〈漢字仮名交り文〉の原則からして、「醜態」と見たが、現在の文化庁国語課は「我が国の一般的な漢字と仮名を交ぜた表記」からして、「適切な配慮」と見るのである。

‐2010年9月12日記‐