送假名を伴ふ漢字の訓讀みを問ふ―日本漢字能力検定と全国学力テスト―(上田 博和)      

日本漢字能力検定協会理事長親子の不祥事が話題になつてしばらくのころ、友人が都内のJR車内で見たといふ漢検の広告をメールで知らせてくれた。
「1.怒りに声をフルわせる 
2.フルってご参加ください 
この2つの「フル」の漢字を書け」
これには笑つたが、残念ながら、実物を見のがした。
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日本漢字能力検定漢検)の「個人受検用 受検要項」にある「準1級」の問題例を紹介しよう。
 「次の傍線部分の読みをひらがなで記せ。
  1・2は音読み、3・4は訓読みである。」
 「3 坐らにして天下の大勢を知る。
  4 こっそり賂いを取っていた。」
傍線の漢字「坐」「賂」の訓読みを問うたのである。            
訓読みとは訓(即ち漢字の意味)を読むもの。「坐」の訓は〔いながら〕であり、送仮名も「ら」とあるから、その訓読みは「いながら」である。同様に、「賂」の訓は〔まいない〕であり、送仮名も「い」とあるから、その訓読みは「まいない」である。(正しくは「ゐながら」「まひなひ」だが、問題文に従つて「現代仮名遣い」表記にしておく。)
しかるに、漢検は「いなが」「まかな」を正答としてゐる。「賂」の訓を〔まかない〕と錯覚した上で、送仮名を「漢字の読みではない」と誤解して、引算したのである。漢検のこの訓読み観送仮名観は昔からのもので、私の問合せに対して、かつて漢検本部は「送仮名まで書くと誤答となる」と回答したことがある。
しかし、「いなが」や「まかな」には〔いながら〕や〔まかない〕といふ意味は無いから、これらは漢字「坐」「賂」の訓読みではない。                   
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平成22年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が4月22日に実施され、翌日の各紙朝刊に報道された。「――線部の漢字の正しい読み」を問ふ設問のうち、「慣れる」(小学校第6学年「国語A」)「導く」(中学校第3学年「国語A」)の二問が訓読みを問ふものである。
掲載された正答例が「な(れる)」「みちび(く)」となつてゐるのは、解答用紙解答欄枠内の下方に、小学校用が括弧付で「(れる)」中学校用が括弧無しで「く」と、それぞれ印刷してあるからである。送仮名は読みの一部を示す仮名であり、正答の一部をなすのだから、解答欄枠内に予め印刷するなら、括弧無しで示すのが適切であり、正答も「みちび(く)」ではなく「みちびく」とすべきところである。 
さて、解答欄枠内の印字を無視して(「な」「みちび」でなく)「なれる」「みちびく」と書いたらどうなるか。実際には解答欄が「なれる(れる)」「みちびくく」となるが、「漢字の正しい読みを書け」との問に対して「なれる」「みちびく」と書いたのだから、誤答のはずは無い。この種の解答は「許容する」といふのが、昨年の私の問合せに対する当局の回答であつた。漢検とは異る扱ひである。
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いづれにしても、送仮名の処理で受検者を迷はせないやうに、この種の設問では、送仮名も含めて「坐ら」「賂ひ」「慣れる」「導く」全体に傍線を引き、「傍線部をすべて仮名で書け」などと問ふのが親切である。漢字の振仮名を問ふのなら、「ゐなが」「まひな」「な」「みちび」が正答となるが、さういふ語の断片を答案に書かせるのは教育的ではない。(2010年5月18日記)